(新版)「電子カルテってどんなもの? 」
中山書店 2002年08月30日刊



(分担執筆)

1.2「電子カルテ」が診療を変える

大橋克洋(大橋産科婦人科)

 私は電子カルテ・システムを「医療で必要なすべての仕事を処理する環境」ととらえています。オーダーエントリーは勿論、電子教科書、診療支援システムなど、あらゆるものを処理してくれる「電子秘書」と考えてよいでしょう。私の開発する電子カルテ WINE プロジェクトは、Wise and Neat すなわち「賢くて手際の良い秘書が欲しい」ということから始まりました。

電子カルテを実現しようとする多くの人がこのような方向性を持っており「電子カルテ」という狭い意味の呼称は妥当でないという議論は最初からありますが、誰でも理解しやすいということからこの呼称を使うことにします。

基本的にはワープロでカルテを書くと考えてもよいのですが、忙しい外来診療の最中にワープロでカルテを書くのは、まったく実用的ではありません。そこで、カルテへの記載作業を極力補助し可能なかぎり自動化をはかる必要があります。 大切なことは「人間の思考に添った自然な支援」です。「こうしたい」と思った時にちゃんとお膳立が整っていると大変快適です。逆に「小さな親切、余計なお世話」をたびたびやられると、忙しい仕事中には大変なストレスになります。このようなきめ細かい配慮を行き届かせた、使いやすいソフトウエアは一朝一夕にできるものではありません。「水やりと下草刈りを欠かさず、毎日毎日育てていかねばなりません」、長い年月をかけ実際の臨床の場で磨かれ育てられていくものです。

「ワープロでカルテを書くと考えてもよい」と書きましたが、実際には電子カルテのメリットはその後にあります。すなわちそのようにして蓄積された情報の利用範囲が従来の紙カルテでは想像できなかったような世界に広がってゆくのです。電子カルテのメリットはまさにそこにあります。


1.2.1電子カルテの特徴

ここでは総論的な説明を中心にします。具体例については「電子カルテを取り入れている施設の実例」の大橋産科婦人科の電子カルテWINEの実例を御覧ください。

  • 好みのレイアウトで

    「医師が十人いれば要求するカルテ様式は十種類以上ある」と言って過言ではありません。このようなことから電子カルテは規格で決めるべきではなく、自由な発想が生かされるべきと考えています。

    カルテの表現様式などはユーザの要求に柔軟に応えられる設計が必須です。各項目の種類・配置など自由に設定できるようになっていれば、従来の紙カルテと同じ外見にでき、慣れるに従い、より効率的な形式へ移行できます。

  • 閲覧や検索の効率化

    電子カルテは紙のカルテのように、気軽にめくってみることができません。何か捜したい時、簡単に手間をかけずに捜せる工夫は是非必要です。紙のカルテに「検索機能」はありませんから、あれば強力です。 実際に使ってみた経験から言うと検索方法はひとつでは不十分です。いろいろな角度から見たいものが見られるととても便利になります。

  • 入力の支援

    紙のカルテでできたことが全てできるためには、現状でキーボードは必須です。メモ程度であれば手書き入力も良いのですが、記述量が多いと無理になります。音声入力は認識率がかなり良くなっても、使える場所は限られるでしょう。手術室などでは良いですが、外来で皆が端末に向かってしゃべっている姿を想像してみてください。

    診療の流れは医師ごとにある程度定型化されていますから、通常入力するものをパターン化し、約束処方のようにセット入力できるようにするだけでもかなり能率化されます。ワープロで診療録を書くのは大変ですが、メニューの中から選ぶのは簡単です。しかも各場面ごとにコンピュータが賢く状況を把握し、必要最小限のものだけをメニュー表示してくれるとかなり楽です。

    このように省力化した結果、紙のカルテの頃は患者さんの訴えの記述は走り書きでしかなかったのが、話言葉そのまま丁寧に記述するようになったのは予想外のことでした。非常に充実感も感ずるようになります。

  • マルチメデイア対応

    電子カルテには、カラーの絵でも写真でも手軽に貼りつけられます。登録しておいた図形を呼び出し、そこにスケッチをしてカルテへ貼りつけるだけですから、とても簡単で奇麗な図を添付できます。患者説明用の図譜などを呼び出して、それを使ってインフォームド・コンセントをすることもできます。奇麗な図譜による説明は、大変興味深く理解もしやすいようです。 必要なら音声を貼りつけることもできますし、その中で動画を動かすことも可能です。

    XPなどは大きすぎてカルテ画面に直接貼り付けるのは適当ではありません。このようなものはボタンなどの形で貼りつけ、それを押すとXPのウインドーが開くようにしています。

  • 電子マニュアル

    診療中に、ある疾患に関する文献を参照したいとか、薬剤の添付書類を参照したいことがあります。このような時は関連するマニュアルを開くことができます。


    (図1) 薬剤の添付書類

  • 電子カルテでなくてはできないこと

    私が電子カルテを使って圧倒的に便利と思うものがいくつかあります。 一つ目が「診療費の自動計算」で、レセコンと逆の発想で、医師が記述した診療録をシステムが解析してワンタッチで診療費を自動算出します。


    (図2)「診療費計算パネル」
    左の「診療費計算パネル」で選択したものが右側のカルテへ入力される。
    約束処方のように処置の一括入力もできる。

    電子カルテがネットワーク上の計算サーバへリクエストし、その計算結果が即座に電子カルテに反映するように役割分担をしておけば、かなり柔軟性が高まります。私の電子カルテ WINE ではこのような方式をとっています。 現在の計算サーバは私の開発したものですが、日本医師会の ORCA が完成したら、 そちらへスイッチする予定です。このように簡単にサーバをすげ替えられるのも、後述の医療情報交換規約 MML などがあるからできることでもあります。

    便利なものの二つ目は「定型文書の自動作成」です。処方箋・診断書・紹介状などの作成は結構面倒なものですが、あらかじめ登録しておいた様式に、患者氏名その他必要事項を自動的に埋め込んでくれます。これに目を通して必要なら多少修正をして、プリンターで打ち出し、署名するだけです。


    (図3)「定型文書作成パネル」に表示された紹介状
    カルテから自動転記された部分は青字、カルテにデータがなく転記できなかった部分は赤字で表示されている。

    三つ目は「ネットワークによる共同作業」です。複数スタッフが相互に相手の書いたものを参照しながら、同じカルテに記述できたり、検査・処方・会計情報などを転送したり、院内どこからでも自宅からでもカルテを読み書きできるのは大変便利です。

  • ネットワーク上のサーバ・クライアント・システム

    小規模施設専用の電子カルテの中には一般に使われるソフトウエア同様に、データとソフトウエアが一体として扱われるものもありますが、本格的な電子カルテはネットワーク上の「サーバ・クライアント」として実現される場合が多いと思います。「サーバー」はデータベースにデータを保存・管理し、いろいろな部署の「クライアント」からの依頼に応じデータを送ったり保存してくれたりします。


    (図4)サーバ・クライアント・システム
    「サーバ」はデータを管理・保存し、「クライアント」はそのデータを 処理するのが役目である。

    InternetExplorar や Netscape などの Web browser はネットワーク上の HTTPDと呼ばれるサーバの提供する情報を表示するだけで、それ自体はデータを持っていません。 サーバ・クライアント型の電子カルテも、ネットワーク上の汎用データベースサーバのデータを読み書きする道具ですが、Web よりずっときめ細かい入出力をサポートします。

  • 極めて自然なオーダリング

    電子カルテから検査などのオーダーを出すのは簡単です。「必要な検査伝票を選びます」「オーダー終了ボタンを押します」。ただ、これだけです。患者氏名、日付、ドクター氏名など一切入力不要で、これらはすべて裏側でシステムがやってくれます。 出されたオーダーはただちにサーバへ転送・記録されます。


    (図5)「検査伝票」

    同時にサーバから検査依頼発生の通知を受けて、クライアントの一つである検査台帳にはその患者さんの検査記入欄が追加されます。検査室で検査結果をそこへ記入すると、サーバのデータが更新され、クライアントである電子カルテに貼り付けられた検査伝票に結果が表示されます。 このように「医師は検査伝票にチェックしカルテに貼るだけ」「検査室は検査台帳に結果を記入するだけ」で、それ以外は全てシステムが裏側でやってくれます。

    診療所と検査センター間のやりとりなどでは、世界標準の電子メール配送システムを、インフラとしてそのまま利用すべきと考えています。 検査伝票自体がそれぞれの基準値を知っているので、基準値をはずれたものは図のように赤字や青字で表示してくれるので、一目で異常値がわかりインフォームドコンセントにも役立ちます。

  • 法的なカルテ保存の問題

    数年前厚生省次官通達で「機械で打ち出したものも診療録として認められる」ようになりましたが、その後さらに、医療情報の保存性、見読性、真正性の3つが保証されるなら、電子媒体での医療情報が診療録として認められるようになりました。

    現状でこれを達成するにはとてつもないコストがかかりますが、そのあげく「堤防もアリの一穴から」、保持したはずの条件がモロくも崩れ去る可能性は高いものです。

    紙のカルテは火災でもない限りそのようなことはありませんから、現状では紙のカルテとしても保存しておくことがシンプルで安心と考えています。当院では、一日の診療が終わると当日分の診療録を全て紙に打ち出し、それを事務職員が紙のカルテに貼って保存します。電子カルテの方がずっと便利で、紙のカルテを見ることはほとんどありません。

  • 医療情報の互換性について

    医療の世界ほどユーザごとに要求の異なる業種はありません。従って、本当に使いやすい電子カルテが供給されるためには、電子カルテの仕様自体を標準化するべきではなく、それは自由競争の原理に任せ、自然淘汰でより良いものが育つ素地を作るべきです。一方で、まったく仕様の異なる電子カルテ同志が相互にデータを交換できるインフラも大変重要です。

    A社のワープロで作成した文書フロッピーをB社のワープロに差しても、読み書きできないのでは困ってしまいます。どこのワープロで書いたものでも、まったく同じように読み書きできなければならないのと同じです。


    (図6)MML(Medical Markup Language)による医療データの交換

    図のように、各施設のいろいろな医療情報(診療録だけでなく、検査伝票その他いろいろなものが含まれます)を交換する時は必ず一定の様式にあてはめて送受信することにします。途中の経路はインターネットでも、施設内LANでも、フロッピー渡しでも構いません。こうすれば、各施設でどんなシステムを使おうと自由で、かつデータの互換性が保たれます。

    このような考えでわが国で開発提案されてきたのが MML(Medical Markup Language)です。米国の HL7 も同様のものです。日本医師会の ORCA プロジェクトでは MML の一部のモジュール CLAIM が採用されましたので、ORCA はいろいろな電子カルテと接続できるようになります。

    各自が自由なハード・ソフトを使いながら、データの完全な互換性を保つ。これは一見矛盾しているようですが、インターネットではずっと前から常識です。電子メールやWWWでは、どんな機種どんなOSを使おうと「インターネット上は決まったフォーマットで流しましょうね」という約束があるからなのです。


1.2.2紙のカルテと電子カルテとはどう違うか

診療録を文字や画像情報として見るかぎり、紙のカルテも電子カルテも変わるものではありません。違うのは「情報処理に関すること」です。紙では外来と病棟で同時に同じカルテを読み書きすることはできませんし、診療費計算や紹介状作成を魔法のようにワンタッチで作ることもできません。異なる施設で医療情報を交換するのは、結構手間がかかります。全部のカルテを対象とした検索も紙のカルテでは不可能に近いことでもあります。目の前の受診者の過去の履歴を一瞬で要約することもできません。つまり、自動処理ができないのです。

「マルチメデイアが扱える」「裏に優秀な医療秘書がいて自動処理をしてくれる」「ネットワーク上で複数の人間が情報を共有できる」「情報の全体像を把握できる」などが、紙のカルテと大きく違うところでしょう。

「電子カルテが診療を変える」ものとして「医療の均質化」があるかも知れません。電子カルテを使うことにより、誰でも一定のルールに従って診療を進めることができますし、意志疎通がしやすくなります。またネットワーク上の共有資産としての知識で支援を受けながら診療をすることができるようになるからです。


1.2.3現状での問題点

診療録にはセキュリテイーの問題があります。どのようなシステムでもシステムそのものよりも、運用(すなわち端末の利用における各ユーザの自覚など)の方が実際には問題です。「使いやすいシステム」と「セキュリテイー」とは相反する問題を含み、今後医療の電子化が行なわれて行く上で、試行錯誤を重ねて行くべき問題でしょう。


1.2.4将来へ向けて

コンピュータのインテリジェント化はめざましい速度で進み、素人でも簡単に扱える道具となってくるでしょう。長年連れ添った女房に「それ」とか「あれ」とかいうだけで思うような結果が得られたり、面倒な捜しものを言いつけると、ネットワーク上を検索して持ってくるような「エージェント」機能の早い実用化が望まれます。 電子カルテを使うことにより、一人の患者さんの治療に関して、世界中の医療チームがそれぞれのノウハウを提供する地球規模のチーム医療も、決して夢ではありません。ネットワークは時間・空間を超越し、知識を共有することができるからです。 もう少し具体的な問題として将来への提言をしておきましょう。


1.2.4.1 すべての ME 機器はコンピュータの周辺機器として設計を

 私はかなり前から「ME 機器はすべてコンピュータの周辺機器として、世の中で標準の接続方法で簡単に接続できるよう設計すべき」ということを主張してきました。最近では、わずか数万円のデジタルカメラなどが私の構想を実現しています。標準の USB ケーブルでコンピュータに接続するだけで、コンピュータ側からデジカメ中のファイルが苦も無く見えるようになっています。

 医療機器メーカーの意識改革が進めば、心電図、血圧計、自動輸液装置、麻酔器などいろいろなものの計測値が電子カルテの中から見えるようになります。当分の間、輸液装置や麻酔器などをコンピュータで遠隔コントロールするようなことには危険がつきまといますが、それらの計測値を電子カルテ側でリアルタイムに利用できるだけでもメリットは計り知れません。


1.2.4.2 電子カルテもパーツの共通化を

 わかりやすい例として自動車を考えてみましょう。新車購入の際、シャーシーは標準のものであっても、カーオーデイオ、カーナビ、内装からエンジンやサスペンションまで幅広く選べるとしたら、かなり自由度が高まります。パーツの組み込み方が標準化されていて、どこのメーカーのものでも組み合わせられれば自由度はさらに大きくなります。

 電子カルテもまったく同じコンセプトで提供することができるはずです。診療科や個人的な要望に余り関係しない基本部分があり、そこへ色々なオプションを組み込み好きな使い勝手の電子カルテを組み上げることができるはずです。

 さらには、電子カルテを読み書きする部分、データを収納するデータベース部分、診療費の計算をする部分、他との通信部分など、ソフトウエア的にもいくつかのパーツに分け、好きなものを組み合わせて使うことができるべきです。これも実例が Web ブラウザーに見られます。Web の中で動画をみたりする機能をブラウザー自身が持たなくても、プラグインと呼ばれる別のソフトが受け持って実現することができます。


1.2.4.3 おわりに

将来の電子カルテはどのようなものになるのでしょうか。私は「カーナビゲーション・システム」のようなものを考えています。高級なカーナビは、衛星通信などを使って遠方のデータベースやリアルタイムの交通渋滞情報などにアクセスし、現在自分がどこの位置にいてどちらの方向へどのくらいのスピードで進んでいるのか、周囲の状況はどうなっているのかなどをビジュアルな形でわかりやすく提示してくれます。

しかしカーナビは情報を収集分析し提示してくれるだけで、判断するのはあくまでも人間です。 電子カルテも同じ方向性での発達を遂げるはずですが、それは医療をサポートしてくれるものであって、電子カルテに使われてしまっては本末転倒です。電子カルテ導入によりドクターが受診者の顔も見ず触れる余裕もなくなったという事例はよく聞きます。いかにユーザインタフェースが稚拙かということですが、道具はそれを使うことにより仕事への意欲が増し能率があがるようでなければならないと考えています。