診療所の電子カルテに必要なこと

大橋克洋(大橋産科婦人科)



 テーマ「診療所の電子カルテに必要なこと」に対し、結論から述 べてしまうと「電子カルテ導入の動機」「シンプルで使いやすいユ ーザインタフェース」「妥当な価格とサポート」の3つと言ってよ いであろう。次に是非必要なものとして「他システムとデータ互換 のための標準化」「将来への柔軟な発展性」が挙げられる。


○ 電子カルテ導入には確たる動機が必要

 電子カルテは道具であるから、「何をどうしたいので電子カルテ を導入」という目的まずありきでなければならない。作業を電子化 するということは、「従来の作業を見直し問題点を整理すること」 でもある。目的を明確にしない導入では、経費の面でも削減どころ か増大することは間違いなく、本末転倒となる。  電子カルテ開発を思い立った1985年にはまだ電子カルテという概 念が見られなかったが、私の明確な目的として診療録記述と診療費 計算の能率化があった。当時すでにレセコンは普及しつつあったが 、まず診療録作成を主目的とし、ついでにこれを解析し診療費計算 もできるものを作ろうと考えた。  診療録の保存に関しては「見読性」「真正性」「保存性」を保証 すれば電子的記録も診療録の原本として認めるという通達がでてい る。しかし私の場合、目的は電子保存ではなく、電子化して便利に 利用することである。そこで紙にプリントアウトし署名して従来の カルテフォルダーに綴じ込み、これを法的な診療録としている。日 常使うのは電子カルテである。シンプル・イズ・ベストで、これな らコストもかからない。「真正性」の確保には膨大なコストがかか り、あげくの果てにもろくも破れる可能性はいくらもある。  もうひとつの動機は「生き甲斐をもって楽しく診療を行いたい」 であった。紙カルテでは事務処理時間の方が多かったが、現在は大 変楽しく診療を行えとても満足している。電子カルテにして一番良 かったことは「快適に診療できるようになった」これに尽きる。


○ 使いやすいユーザインタフェース

 初心者が電子カルテを前に、まず戸惑うのは「どこがどうなって いて、どこをどう使えばよいのか」である。慣れてきて感ずるのは 「やりたいことが思うようにスッとできない」「手でやっていた時 より面倒だ」などであろう。  機能は沢山あってよいが、通常せいぜい10種類くらいの機能しか 見せないようなデザインが必要と考えている。その時その時で必要 なボタンや入力欄だけを表示することにより、迷うことなく快適に 入力できる。熟練者にとっても選択するものが少なければ、混雑時 に余計な判断力を使わず明らかに疲労が少ない。  「利用者の思考の流れにそって必要なものだけが手際よく提示さ れる」のが快適である。手術室でついた助手が、熟練者か未熟者か で術者のストレスが大きく異なるようなものである。そのような考 えで、私の開発する電子カルテ NOA (WINE Project から発展)は Neat Online Assistant すなわち「ネットワーク越しに手際よく診 療をサポートしてくれるアシスタント」の実現をめざしている。  医療においてはいろいろな流儀があったりするので、自分なりの 使い勝手に設定できる機能も必要である。このようなことで、電子 カルテはソフトウエアの中でもかなり複雑なものに属し、現場で使 いながら向上させていくことがとても重要である。  したがって実際に医療の現場で鍛えられつつ、ユーザの好みを吸 収し発展していくタイプの電子カルテでないと、導入しても実用に は耐えない。


○ NOA の仕組み

 NOA Proffesional は、ユーザが手元で使う電子カルテ NOA の他に、ネットワーク上のどこかでサービスをするデータベース・サーバや診療費の計算をする計算サーバなどに分かれており、これらがネットワーク上で協調して機能する。  ユーザが操作する NOA はホームページを見る Web browserのようなもので、それ自身はデータを持たない。ネットワーク上のどこかにあるサーバがデータを保存し管理する。  この他に、処方箋発行、紹介状発行、検索機能、簡単な作図など色々な道具を選んで自由に組み込めるようになっている。文書の束でも眼底カメラの画像でも、必要なら音声や動画でも何でもかんでもカルテに関連して放り込んでおける機能もある。  データを MML(Medical Markup Language)という書式に変換し、異種の電子カルテとやりとりすることもできる。  診療データの管理や診療費の計算などは、別個のサーバにやらせているので、例えば ORCA がサーバとして機能するようになれば計算サーバを ORCA にすげ替えてしまうなど、電子カルテの機能の一部を必要に応じもっと良いものに交換することができる。  その他の機能については紙面の関係上省略するが、私の Web site で公開している。 http://www.ocean.shinagawa.tokyo.jp/ の中の「電子カルテWINE」のページをご覧ください。


○ 妥当な価格とサポート体制

 価格については安いに越したことはないが、どこが妥当かという 判断はなかなか難しい。いろいろな判断基準があるが、従来のレセ コンの価格を越えることはないと考えてよいだろう。  電子カルテは、いくらシンプルに作っても複雑なソフトなので、 それなりのコストはどうしてもかかる。ただし、その費用をサポー ト業者に支払って楽をするのか、それとも独力で時間と労力をかけ る、つまり自分自身へ支払うのかを選べると有り難い。  整理されよくできたソフトであれば、サポートする側も労力や人 件費などが少なくて済むので安く提供できるはずである。  ユーザのメーリングリストは大変有効で、ユーザやサポーターの 労力を大きく減少させ、さらなるコストダウンにつながる。これも 考えてみれば、相互扶助の精神によりサポート費用をユーザ同士で 負担するようなものである。


○ 将来への発展性

 投下コストの効果をなるべく永く維持するために、いくつか必要 なことがある。重要な点にのみ触れておきたい。

  1. Top down と Bottom up との結合

     病院では「病院全体の効率アップ」を主眼として Top down でシ ステムが作られることが多い。一方、診療所では「まず現場の使い 勝手を良くしたい」という欲求で Bottom up で作られる。

     この Top down の全体的システムだけの運用には問題があるので はないかと最近感ずるようになった。「電子カルテを導入した病院 へ行くと、医師は画面の方を向いたまま受診者の方を見てもくれな い」という話がこれを象徴している。現場の人間をも道具として使 うというTop down の目的は果たしていても、人間が道具に使われて しまうという本末転倒になっている。


     つまり Top down(中央集権といえるかも知れない)で作られたシ ステムは、現場では決して快適なものではなく、受診者をみる余裕 もないほど使いにくいものになるのも当然である。なぜなら、電子 カルテのようなソフトウエアは現場で磨きながら育てていくもので あるが、Top down システムは本来そのような多様な変化にマッチし ない(将来電子カルテの仕様が固まってからであれば、そのような 問題も少なくなるであろうが)。

     そこでどうすべきかというと、全体の効率を考えて作られた Top down のシステムに、現場の使い勝手を考えて作られ多様な Botto m up のシステムを接続し、両者のメリットを生かすべきと考える。

  2. 他システムとデータ互換のための標準化

     地域連携ネットワークが、行政の補助金などを得て全国で作られ つつある。この場合、現場で使う電子カルテは棚ぼた式にもらうの ではなく「自分のリスクと負担で用意すべき」と考える。前述のよ うに一律に作られた補助金によるシステムが使いやすいはずはなく 、多少なりとも自分の懐を痛めなければ愛着も沸かない。結局短期 間のうちにホコリをかぶることになる。

     さて、このような Top と Bottom 結合の理想を実現しようとする と必要になるのが、異システム同士を接続するための「データ交換 規約」である。そのひとつとして MML(Medical Markup Language)な どがある。最新の MML は米国の HL7 の機能を継承し、さらに診療 録記述に必要な機能を追加してある。

     つまり MML のような標準交換規約を実装したシステムであれば、 異なる電子カルテシステム同士で相互接続が可能になる。Top down と Bottom up 両システムの接合も容易にするわけである。

  3. 電子カルテシステムの共通部品化

     医療は複雑で現場の要求は千差万別なので、電子カルテは標準化 すべきではない。いろいろなものがあって、それぞれに好みのもの を使いつつ MML のようなもので相互接続をするべきである。


     しかし、さまざまな電子カルテも機能のひとつひとつを見れば共 通部分は沢山ある。そこで電子カルテを部品化し、共通部品を皆で 共有できるようになれば、進化も早くコストダウンも大きい。

     日本医師会のレセコンシステム ORCA は MML のモジュールである CLAIM を使って、MML 搭載の電子カルテと相互接続することが考え られている。現在の ORCA のユーザインタフェースは従来のレセコ ンを越えるものではなく決して使い易いとは言えないが、CLAIM で 電子カルテと接続できるようになれば、いろいろな電子カルテがよ り効率のよい入力方法を提供するはずである。こういう形態の共通 部品化の効果が医療の発展に寄与する可能性は大きい。




雑誌「新医療」2003.4月号掲載