電子カルテ WINE の基本コンセプト

大橋克洋(大橋産科婦人科)

「電子カルテとはどんなものか」一般論を基に
われわれの開発する「電子カルテ WINE の特徴」について
なるべくわかりやすく解説してみましょう


紙のカルテも電子カルテも、データそのものに本質的な違いがあるわけではありません。 目を向けなければいけないのは「電子化で初めて広がるさまざまな可能性」です。 これにより、電子カルテは従来の診療録の範囲をはるかに越え「医療スタッフを支援する 道具であり環境」となります。
電子カルテはなぜ必要なのか、その目的とするところから述べるのがわかりやすいでし ょう。ここに述べる多くのことが、従来手作業ではできなかったことでもあります。

診療録を記録するためのサポート

頻繁に原稿を書く人間にとって、ワープロの方が格段に能率良く、紙ではできない 色々なことが可能となります。ワープロや電子メールなどをお使いの方なら、電子化のメ リットはご理解頂けるでしょう。
しかし、キーボードの達人でも、診療しながらカルテをワープロで入力するのは現実的 ではありま せん。患者さんを前にして意識が散漫になってしまい、本末転倒です。
そこで、ユーザのやりたいことを理解し、カルテ入力のお膳立をしてくれる必要があり ます。ユーザはそこから適切なものを選択するなど、医療の本質から離れた部分(単なる 事務作業など)に神経を使わなくてよい仕掛けが必要となります。
電子化を進めてゆくと「診療録記述は、電子カルテ機能の一部でしかない」こと、今ま でなかった色々な可能性が見えてきます。 めざすものは「医療スタッフが思考するための道具」です。 「機械的に処理できるものは極力コンピュータに任せ」、「人間でなければできないこと に精力を集中させる」、電子カルテのメリットはそこにあるのです。

人間がやらなくてもよい作業の自動化

医療現場での大部分が、医療のエキスパートとして以前の単なる事務作業です。 ここを何とかしたいと思います。 レセコンも、多くは診療費計算のみを行う装置にしか過ぎません。医療データを扱って いるのに、実際には「診療録の一部として再利用」できません。
そこで WINE では逆の発想をしました。医師は診療録をしっかり書けばよい。 それを自動解析して、診療費もついでに計算してくれるべきであると。
自動化のもうひとつの例として「定型文書の自動作成」があります。 診断書や紹介状などの書式を選択するだけで、患者氏名はもちろん、必要事項を電子カル テから転記してワンタッチで奇麗な文書ができてしまいます。必要があれば、それに少し 加筆しプリントアウトして署名するだけで、とても便利です。診療と診断書作成は異質 の作業であるため、診療中に診断書を作成するのは煩雑に感ずることが多いからです。

ネットワーク機能

ネットワークに繋がらない高性能コンピュータは、ネットワークに接続された旧式 ・低価格コンピュータにも劣ります。
医療では色々な職種の人間が協調し、その結果として作業が進行します。 それら部署間でコミュニケーションをとる部分が、医療効率の大きなネックとなってきま した。生物の体の中では神経系が一瞬に伝えていることを、手作業でやらねばならなかっ たわけです。
しかしこれからは違います。医療の分野もネットワークを神経系のようにはりめぐらせ、 効率の良い医療を行う手だてができました。このことから「電子カルテ」と「ネットワー ク」が切り離せないものであることが理解できましょう。
オーダリングなどもとても自然にできます。例えばドクターは 検査伝票を開いて必要な 検査を選択します。選択項目を確認したら「伝票発行」ボタンを押すだけで、オーダーは 終了です。患者氏名・日付などは自動的に電子カルテから転記されます。
検査室ではオーダーされた伝票に検査結果を入力します。 電子カルテに貼られた検査伝票をクリックすると、検査伝票 が開き結果を参照することができます。

情報の共有(集中と分散)

医療は「待ち」の固まりです。前の作業が終ってその書類が目の前に届かなければ 次の作業に移れません。しかし電子カルテであれば、ネットワークを基盤に動いているの で、外来で作成した書類をできるそばから病棟で参照することもできますし、転記ミスも ありません。
色々な場所の色々なスタッフが、ひとつの診療録を同時に参照することは、紙のカルテで は不可能なことでした。
同じデータも表現の仕方を自由に変えられるので、医師の手元では診療録、検査室で は検査台帳、医事課では医事伝票として扱うことができるのも特徴のひとつです。それぞ れの部署で、自分の好きな形態で扱いながら、データ自体は共有できるのです。
このようにデータの「集中」と「分散」を上手に使い分けることは、電子カルテの得意 とするところです。
商品版の「第3世代 WINE」では、世界でもっとも広いシェアを持つデータベース Oracle をサーバとして利用します(Sybase など他の DB を使うこともできます)。
大きな施設では、いくつかの DB を数カ所に分散させることもできます。

状況を大局から俯瞰できる

これは電子カルテに限らず、コンピュータ化の大きな特徴です。 カーナビゲーション・システムは、軍事衛星の技術やデータベース技術を使って、自分が 地図上の何処にいるかを的確に検出し、渋滞情報などと組みあわせ誘導してくれます。
電子カルテは、医療用ナビゲーション・システムともなるでしょう。 経営的な面から も、これを使ったら2度と手放すことができなくなることは間違いありません。医療費削 減の中で生き残りをかけるには、なくてはならない道具です。
「ワープロを使うようになったら漢字が書けなくなった」「カーナビを使ったら道が覚 えられなくなった」と同様、「電子カルテを使ったら診療ができなくなった」という現象 は、これから当然起こるはずです。これは、電子カルテがいかに有用かという証明なので すが、「電子カルテ無用論」につなげるのは間違いと思います。他の文明の利器と同様、 その利害特質をよく理解し、上手に利用すべきでしょう。
「道具は使いこなすためにあるのであって、人間を制約するためにあるのではない」、 「コンピュータは人間の能力を増幅してくれるだけであって、無から有を生ずるもの でもない」ことを肝に銘ずるべきと思います。

快適な使い勝手

ウインドーの縁に、やたら沢山ボタンが並んでいるソフトがあります。
これは、不親切で賢くないソフトと思います。「ボタンなどのコントロール装置は限りな く減らす」、これが私のポリシーです。初心者はもちろん熟練者にとっても、ボタン類は 少ないに越したことはありません。
通常は、机の上にすべての道具を並べておいた方が、いちいち道具を捜してこなくてよ いので便利かも知れません。ところがソフトウエアでは違います。道具は自然に出てくる はずです。必要な時に必要なものが、あるべきところにある。そのような快適な環境を作 ることができます。手術室では術者が手を伸ばせば、絶妙のタイミングで必要なものが、 掌の上にしっかりと渡されます。こうでなければいけません。
診療に判断力を集中しているのに、どの道具を選ぶか考え、その道具がどこにあるかを 捜すなど、大変なストレスにつながることは、臨床医なら実感できるところと思います。
「見かけはシンプルながら、複雑なこともすべて処理する」これが WINE のコンセプト です。

ユーザごとに異なる様式、使い勝手ができる

「コンピュータで作業するとイライラする。手作業の方が余程楽だ」というのは、 ソフト開発のコンセプトやユーザインタフェースが悪いからです。
「電子カルテを使ったら、今までよりずっと面倒になった」では、電子カルテ導入の意味 がありません。使い勝手がよいかどうかは、開発コンセプトと哲学の問題とも言えます。
処方箋発行なども、極めて自然な操作で扱うことができます。
医療は、異なるやり方や考え方を持ったプロフェッショナルが仕事をする場であり、扱 われる内容が複雑多彩ですから、一定のお仕着せソフトで処理できるのは、ごく一部でし かありません。 同じデータを扱いながら、使い勝手はユーザの要求にいかようにも対応 できる柔軟性が不可欠です。
どんなすぐれたソフトウエアであっても、一旦作られれば一生使えるというものでもあ りません。「ソフトウエアは日々成長するもの」です。職人が長年使い手垢のついた道具 は体の一部のようになりますが、ソフトウエアは更に進化することができます。

道具類はユーザの好みで自由に組み込める

WINE 本体には、基本的な最小限の機能しか搭載していません。ユーザの好みに 応じて、お絵描きツールや文書作成ツールなどを、自由に組み込める設計になっていま す。
つまり WINE 自体は単なる大学ノートのようなもので、鉛筆や消しゴム・電卓など、 好きなものをユーザが組み合わせて使えるわけです。
個々のツールが独立しているので、問題が発生しても他へ影響を及ぼす可能性が 低い。誰かが開発した便利なツールを皆で使い回すことができる。分散した開発が できるので開発効率が高い。など、いろいろな利点があります。

色々なサーバと連係プレー

WINE には、診療費計算機能なども持ちません。ネットワークを介して、サーバ に依頼してしまうというオープンな設計になっています。そして、あたかも WINE 自体 に計算機能が組み込まれたかのように動きます。
現在の計算サーバは、あるソフト会社のレセコンがエンジンとなっています。レセプ トの発行もそちらへ任せてしまうという設計です。
同様なコンセプトのものが出てくれば、他のレセコンや電子カルテと接続して、相互 に得意分野を生かした運用ができるようになります。誰にも負けない得意分野を持ち、 それ以外は他に任せ、共存共栄しようという発想です(とはいえ、最低限のものは自 前でできるようになっています)。
このような考え方が広まることにより、ユーザはより良いものを、より安く手にいれ ることができるようになり、「多くのユーザに鍛えられた」「使いやすい」電子カルテ へと成長を続けることができます。

法的な診療録として紙も残す

法的な診療録として現時点では、紙に打ち出して保存する必要があります。
厚生省では電子媒体の状態でも診療録として認めるべく検討を進めていますが、 私自身はやはり紙で残す方が当分は安心と思っています。紙は火事でもない限り 一瞬に全てを消失することもありませんし、一目で内容を確認できるからです。
電子カルテの方がずっと使いやすいので、紙はあくまでもバックアップです。
WINE の プリント用パネル は印刷前に内容を確認するためのものですが、自由なレイアウト で表現できますので、カルテ閲覧用として使うこともできます。

データはどの施設でも共通に扱えなければならない

外見や扱い方は多様であっても、医療のデータ自体はどこでも共通に扱える普遍性 を持つべきです。すなわち「使い勝手の個別化」と「データの共有化」という一見相反す るものを満たさねばなりません。
施設間でデータ交換をするためには、電子カルテ研究会などで提案された MML(Medical Markup Language)という仕組みを使います。これは、ホームページを記述する HTML と 同じような仕組みです。

WINE プロジェクトについて

WINE は、文字だけしか扱えなかった第1世代、絵や写真なども含みマウスで誰で も容易に扱えるようになった第2世代を経て、商品版の第3世代が本格稼働に入ろう としています。
第2世代までは、大橋・高橋が独自に開発してきましたが、ようやく両者の進化も 一段落したところで、両者を合体し商品版として世の中へ提供することになりました。
第3世代 WINE は、二人の医師による十年にわたる臨床での運用と開発経験を元に、 オブジェクト指向を生かした徹底的部品化をはかり、色々なユーザの要望へ柔軟に対応 できるよう設計されています。
病院の勤務医である高橋バージョンが主として病院規模を、開業医である大橋バー ジョンが開業医規模の部分を提供します。両者の見かけは異なっても、内部に組み込ま れているパーツ類は共用部分が多く、実際には渾然一体となっています。


update: Mon Dec 14 16:41:59 GMT+0900 1998