2.1.1. 社会に対するシステムの波及効果

 本システムを運用しつつ、今後利用者からのアンケートやアクセス数などから本システムによる効果を検証して行く予定であるが、波及効果としては次のようなものが考えられる。

 2.1.1.1. 受診者の利便性の向上

  自宅にいながらホームページを介して自分の医療記録を閲覧したり、コメントや質問を書き込める。医療施設によってはここで次回の予約をとることもできる。また、色々な医療支援サービスとリンクしていることなどから、受診者の利便性が高まる。

 2.1.1.2. 受診者と医療従事者とのコミュニケーションの向上

  受診者が自宅から自分の医療記録にコメントを書いたり質問をしたりできるので、時間が有効に使えコミュニケーションの向上をはかることができる。
 診察中には質問しにくかったり、質問し忘れたりした内容を、自宅から自由な時間帯に冷静に質問したり、答えたりできるメリットは非常に大きい。
 医療において最も重要なことは「医療を受ける側と施す側との良好なコミュニケーション」である。これによって初めて良い医療効果が期待できる。

 2.1.1.3. EBM (Evidence Based Medicine) 実現の支援ツールとして

  多数の症例に基づいた結果から診断や治療方針を立てることは重要なことであるが、このような医療ネットワークはそのベースとなるデータの収集・集中管理・分析・提供を最も効率的に行うツールとなる。

 2.1.1.4. 医療連携による医療の質の向上と医療の均質化

  このような医療ネットワークで情報を共有・交換する仕組みがうまく機能すれば、医療機関全体の医療の質を高めることにつながる。Mailing List などでも、参加した頃は極論や並はずれた発言をしていた人が、次第に角がとれて常識をわきまえてくることはよくあるが、同様の効果が生まれる。
 ただし、このようなメリットの反面、全てを平均化しユニークな発想や試みによる新たな進歩の種が少なくなるという弊害もないではない。

 従来は紹介状を持って受診者が転院しても、紹介先からは礼状を兼ねてその時点の情況の返事が返される。あるいは手術や検査の結果が返されて終わることが多い。紹介元では、しばらく経てその後どうなったかを知りたくても、実際には照会しにくかったりしてそのままとなる。もし、これがいつでもフォローできるようになれば、紹介元医療機関はその結果を知ることにより自分の診断や処置が正しかったのか、そうでなかったのかを判断することができ、技術や知識を高めるフィードバックへとつなげることができる。

 本システムでは紹介後時日を経た後でも丁度電子メールと同様な仕組みで、気楽に紹介先の主治医へ問い合わせを行ったり、逆に紹介先から紹介元へ問い合わせをすることができるような仕組みを作る予定である。紹介された方では検査結果や手術あるいは経過サマリーなどをセットしておき、結果がでれば自動的に紹介元へ転送するような仕組みを作ることも可能である。このように、手作業にはなかった便利な付加価値を加えることは大変重要である。

 2.1.1.5. 医療における効率化

  ネットワークにより時間と空間を越えて繋がるということから来る効率化については論をまたない。

 2.1.1.6. 医療費削減のツールとして

  効率化は同時に経費削減につながる。ただし、経費削減は二次的なものであって、最初から経費削減を目指しても結果をみてみると逆に経費が増えていることも少なくない。すなわち、人手を減らすつもりでコンピュータを導入したのに、医師が自分で扱えないため専任スタッフが必要になるとか、処理効果をはるかに上回る費用を導入に支払ったりなど、一般企業でもよくあることである。

 何が目的で機械化するのか「その目的を明確にする」ととともに、これを機会に従来の手作業で満足していた「仕事の流れを検討し合理化する」ことも極めて重要なポイントであることを忘れてはならない。

 2.1.1.7. 疾病やその治療効果を全体としてとらえるツールとして

  業務をコンピュータ化することによる一番大きなメリットは、手作業では近視眼的にしか見えなかったものが、全体を俯瞰するような形で把握できることにある。
 ネットワークにより集積・分析された多くのデータを現場にフィードバックして、大勢の知恵を診療に生かすためのツールとなり得るものである。

 2.1.1.8. 医療を全体としてとらえるツール(医療のカーナビ)として

 例えば車を運転していて認知できるものは、目に見える周囲の景色や音、せいぜいラジオの交通情報程度だったが、カーナビが出現することにより自分が今どこにいてどちらの方向へ走っているのか、周囲の情況はどうなっているのか、走っている先には何があるのか、混雑状況は、ガソリンスタンドやコンビニはどこにあるか、目的地近くの駐車場は、などを居ながらにして把握できる。これこそ全体像を把握できる典型的な例である。

 医療においても連携した電子カルテシステムを使うことにより、受診者の現在の状況、統計的データなどを元にした将来予測、それによる治療方針などを効率良く立てることができる。

 すなわち、電子カルテの発展する先は「医療のカーナビ」であろうと思われる。カーナビを搭載していても、運転者は必ずしもその通りに走るわけではない。カーナビの言うことが必ずしも正しいとは限らないことを知っているからである。しかしカーナビがあれば大変便利である。電子カルテもまったく同じで、そこで診断や治療方針が表明されても、あくまでもそれは参考資料であって、判断を下すのは医師自身でなければならない。

 2.1.1.9. IT産業の活性化

  多くの医療施設にこのようなシステムが導入されるようになれば、当然のことながら IT 産業の活性化にも大きく貢献することになる。

 2.1.1.10. IT 化に伴って必要なモラルの向上

 IT社会全般に言えることであるが、このような従来存在しなかったインフラに対応する中で、それなりのモラルの育成を同時並行的に進めることは非常に重要である。

 インターネットが一般社会に普及する前のインターネット黎明期の時代、当時東京工大に在職した村井純助教授らの努力のもとに、大学の情報工学科や情報関連企業の研究部門、あるいは情報通信に興味を持つ個人で、JUNET と呼ばれる日本全域ならびに海外とも接続されたネットワークの実験運用がはじめられた。

 そこでは、研究開発へ向けた情報交換、開発されたソフトウエアの共同利用、利便性の追及などと同時に、必ずネットワークを利用するための「お作法」の伝承が行われていた。「長いメールは読まれないし、他人の資源(ハードデイスクや通信料など)を無駄に消費するので、なるべく簡潔に」とか「他人を誹謗しそうなメールは、翌朝もう一度読み直してから投函しましょう」など。

 すなわち当時は、それぞれの自立心、相互扶助の精神とともに「性善説のコミュニテイー維持への努力」の認識が全員にあった。ところがインターネットの一般社会への普及とともに、利用者は利便性のみを追及し企業は利益の向上のみをめざすという自分の利益だけに走った結果、このような良き風習は消し飛んでしまい、「性悪説」を前提とせざるを得なくなったのは誠に不幸なことである。

 「医療におけるインターネット」においては、インターネット黎明期を築いた先人の知恵も合わせて普及をはかるよう努力すべきであろう。そもそもこのような自浄作用は良い医療を守るため必要なことであり、医療界はもとよりそれを利用する一般社会へも普及・啓発をはかっていかなければならない。
 それを実現するための鍵は、「どうすれば相互理解のもとに良いコミュニケーションを築けるか」にあり、「一方的な依存ではなく相互扶助の精神」などにある。